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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)8201号 判決

当事者の表示 別紙当事者目録のとおり

主文

一  被告株式会社近代広告通信社及び杉山豊は別紙物件目録(一)記載の建物のうち同(二)記載の部分を明渡し、かつ連帯して昭和四七年八月一七日以降明渡しに至るまで一ケ月金二二万円の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社近代広告通信社及び杉山豊を除くその余の被告らは原告に対し別紙物件目録(一)記載の建物のうち同(三)記載の部分を明渡せ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中原告と被告株式会社近代広告通信社及び杉山豊との間に生じた分については右両被告の負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じた分についてはこれを十分し、その一を原告の負担とし、その余を右被告らの負担とする。

五  この判決の第一項は原告において被告両名に対し各金一五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができ、第二項は無担保で仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

主文第一項同旨及び被告株式会社近代広告通信社及び杉山豊を除くその余の被告らは原告らに対し「別紙物件目録(一)記載の建物のうち(二)記載の部分を明渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

二  被告ら

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求原因

一  原告は別紙目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)の所有者であるが、昭和四七年五月二〇日被告株式会社近代広告通信社(以下「近代広告」という。)及び被告近代商事こと杉山豊(以下「被告杉山」という。)に対し右建物中別紙目録(二)記載の部分(以下「三階部分」という。)を左記条件の下に賃貸し、これを右両被告に引渡した。

賃料 一ケ月金二二万円

期間 昭和四七年五月二〇日より三年間

特約

(一)  賃借人は本件建物の三階部分を営業用として事務室のために使用し、他の目的に使用することはできない。

(二)  賃借人の書面による承諾なくして賃借権を譲渡し、転貸したり、又は第三者を同居させてはならない。

二  ところが、被告近代広告及び被告杉山は本件建物の三階部分に机を設置し、これをその余の被告らに使用せしめている。

三  右のいわゆる貸机の実態は転貸行為に外ならないのであり、被告ら全員が本件建物の三階部分を共同占有しているものということができる。

四  右転貸行為は原告に無断でなされたものであるから、原告は被告近代広告及び被告杉山に対し昭和四七年八月一六日到達の内容証明郵便で本件建物の三階部分の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

五  よつて、原告は、被告近代広告及び被告杉山に対し賃貸借終了を理由として、その余の被告らに対し所有権に基づき共同占有にかかる本件建物の三階部分の明渡しを求めると共に、被告近代広告及び被告杉山に対し連帯して解除後である昭和四七年八月一七日以降右明渡しに至るまで一ケ月金二二万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

第三  被告近代広告、杉山及び株式会社米沢新聞社の請求原因に対する認否及び抗弁

一  請求原因一及び二の事実は認める。同三の事実は否認する。同四の事実のうち原告主張の内容証明郵便が到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。同五は争う(但し被告株式会社米沢新聞社は請求原因四の事実は不知)。

二  被告近代広告及び被告杉山が貸机業務を行なうことは賃貸借契約に違反するものではない。被告近代広告及び杉山は昭和四二年九月から中川ビル(銀座二丁目八番一七号)において、昭和四六年六月から銀座ビル(銀座二丁目九番一五号)においていずれも本件建物におけると同様の形態で貸机業を行なつていた。本件建物三階部分の賃貸につき原告側の仲介業者であつた有限会社実相不動産の取引主任者大渕米蔵、三鬼商事株式会社の営業主任武井重夫はいずれもこの事実を知つていた。特に武井は銀座ビルの仲介者であり、また、原告から直接賃貸の仲介の依頼を受けていた大渕は昭和四七年四月初旬、中川ビルを二回訪れ、貸机業務の実態を見ており、被告杉山から貸机業務を含む両被告の事業内容、取引銀行、被告近代広告が広告業務一般のほかに動産、不動産の賃貸借に関する業務を行う旨が記載されている同社の登記簿謄本の交付を受けた。その後右両名の仲介により契約交渉は進展し、大渕を通じて是非右被告に賃貸したいとの原告側の意向が伝えられ、大渕、武井両名立会いの上、同月二四日仮契約書、同年五月二〇日本契約書が調印された。この経緯によれば、原告は右被告両名が他のビルで貸机業務を行なつていることを知りつつ本件建物の三階部分の賃貸を積極的に希望したのであり、その間右両被告に対し貸机を禁止する旨の意向を全く示さなかつた。従つて、右両被告が本件建物の三階部分において貸机業務を行なうことはなんら契約条項に違反するものではない。

三  いわゆる貸机は転貸にあたらない。被告近代広告及び杉山による貸机の業態は会員貸机連絡業といわれるもので、その内容は、室内のスペースとは関係なく右両被告が会員に右両被告所有の机、電話その他の備品及び連絡事務のサービスを提供するものである。そして、会員は机を借りてこれを単なる連絡場所として使用しているに過ぎず、一区画を占有しているものではない。室内の管理は両被告の従業員が直接かつ全面的にこれを行なつている。従つてこれをもつて、転貸ということはできない。

四  仮に貸机が転貸にあたるとしても解除権は発生しない。被告近代広告及び杉山が貸机をしたことにより原告はなんらの経済上信用上の損害を蒙つていない。従つて、貸机は賃貸人と賃借人間の信頼関係を破壊するような背信的行為ということはできないから、単に右被告両名が貸机をしたからといつて本件建物の三階部分の賃貸借契約の解除権が発生するものではない。

第四  被告渡辺卓史、真延厚司、松平有光、船橋字由、平櫛孝、南部猛、関谷喜輔、小辻巌、神谷務夫、神谷法夫、葛山勇夫、小原康男、榎本勝次、石田博、伊藤隆通、秋山稔、有限会社東京通信、阿部毎市、砂川幸雄、首藤来、細谷稔、井上俊雄(以下被告渡辺外三名という。)の答弁

請求原因一の事実は不知。同三の事実は否認する。同四の事実は不知。同五は争う。

第五  被告近代広告、杉山及び株式会社米沢新聞社の主張に対する原告の反論

第三の二の事実のうち、本件建物の三階部分の賃貸にあたり被告ら主張の仲介業者二社があつたこと、有限会社実相不動産の武井が二回中川ビルを訪ねていること、被告ら主張のとおり仮契約書、契約書が交わされたこと、被告近代広告通信社が広告取扱い業務をしていることは認めるが、同社のその他の営業内容は不知、その余の事実は否認する。同二及び三の事実は否認する。

第六  証拠関係〈略〉

理由

一原告と被告近代広告、杉山及び株式会社米沢新聞社間においては、本件建物の三階部分の賃貸借契約等に関する請求原因一の事実、右両被告が右三階部分に机を設置しこれをその余の被告らに使用せしめているいわゆる貸机に関する請求原因二の事実、有限会社実相不動産及び三鬼商事株式会社が右賃貸借契約の仲介にあたつたこと、右賃貸借につき昭和四七年四月二四日に仮契約書、同年五月二〇日に本契約書が調印されたことはいずれも争いがない。

二被告渡辺外二一名は貸机に関する右請求原因二の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

三〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は昭和四七年になつてその所有にかかる本件建物の三階部分の賃貸の仲介を有限会社実相不動産に依頼し、同社の取引主任大渕米蔵がこれを担当することになつた。原告は賃借人として「人の出入りの多くない堅実な会社」を希望していたので、大渕を通じて麻雀業者、サラリーマン金融業者から賃借の申入れがあつたがいずれも断つた。その後三鬼商事株式会社の武井重夫が大渕に対し被告近代広告及び被告杉山を賃借人として紹介した結果、昭和四七年五月二〇日原告と右両被告間に請求原因一記載の内容の本件建物の三階部分の賃貸借契約が締結されるに至つた。

(二)  被告近代広告は広告業のほか動産不動産の賃貸等を業とする株式会社であるところ、同被告及び杉山は昭和四二年九月から銀座の中川ビルの一室(約一三坪)において、昭和四六年六月から銀座ビルの一室(約二〇坪)において既に後記四認定のような貸机業をしており、武井も右両被告に銀座ビルの賃借を斡旋したこともあつたので、右両被告が本件建物においても貸机業を営む計画であることを推測していた。しかし、同人は大渕に対してもそのことは告げず、また、被告杉山を本件建物に下見のため案内したときも原告側関係者にそのことは告げなかつた。その後武井はいずれも本件建物において行なわれた同年四月二四日仮契約書調印の際も、同年五月二〇日本契約書調印の際も大渕、原告側関係にそのことは告げなかつた。

(三)  右のような経緯で原告と被告近代広告及び被告杉山との間で本件建物の三階部分についての賃貸借契約が締結されたため、原告は右両被告が右三階部分において貸机業を営んでいたことは知らなかつたが、賃貸後本件建物の賃借人でない者を名宛人とする郵便物が多数配達されるのに気付き調査したところ、右両被告による後記四認定のような貸机の事実を知つたので、これが無断転貸にあたるとして、同年八月一六日到達の内容証明郵便で右両被告に対し右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

四そこで、貸机の法的性格を検討する。

(一)  〈証拠略〉によれば次の事実が認められる。

1  貸机とは、ビルの一室の占有権原を有する所有者又は賃借人が、第三者に事務所としてその一室の全部又はその一部を区画して賃貸し独占的に使用せしめるのとは異なり、例えば、事務所ほどの規模を必要としない机ひとつあれば仕事ができる業態の小規模の個人業者、中小の地方業者の連絡用出先機関、定まつた連絡場所、執務机さえあればよい外廻り業者等のため、一室内に多くの机を設置し、それら業者(通常「会員」と呼ばれる)に対し一定の賃貸料を徴収して個々の机を専属的に使用することを認めると共に、事員務を配置して電話による会員に対する連絡及び会員からの連絡のとりつぎ、会員宛にくる郵便物の整理等会員の業務のためのサービスを提供する業態である。

2  被告近代広告及び杉山は本件建物の三階部分に別紙図面のとおり机を配置し、社長室及び受付の机を除いてはこれを貸机として対価を得て会員である右両被告を除くその余の被告らに使用せしめると共に、入口に三人の事務員を配置し、その机上に六個の電話器を置き、事務員が電話の連絡事務を担当し、不在の会員のためにその用件をメモすると共に、郵便物を整理し、在室会員に配布し、不在会員のため保管するほか会員に対する来客の応接もしている。会員が貸机を利用できる時間は休日を除き毎日午前九時から午後五時三〇分までで部屋の鍵は事務員のみが保管している。

(二)  右のような貸机の実態からみると、会員は、いずれも、室内において机を使用し、出入り、連絡その他所用のため室内を通行することにより、本件建物の三階部分を使用しているものということができる。そして、会員は、室内のどの部分を使うという室内における使用場所(机の設置場所)よりも、要はその一室及び室内にある机を事務用連絡用に利用することを主眼としているものということができる。従つて、会員の本件建物の三階部分に対する利用関係は共同占有と認めるのが相当である。

また、右のように、場所の利用を伴なう机の使用につき対価を徴している以上、貸机は賃借物(本件建物の三階部分)の転貸と認めざるを得ない。

そうであれば、被告近代広告及び杉山が原告の承諾を得ることなくその余の被告らに本件建物の三階部分を貸机という形で転貸したことは、無断転貸を禁じた右三階部分の賃貸借契約に違反する。

(三)  被告近代広告、杉山及び株式会社米沢新聞社は貸机行為により原告はなんらの損害を蒙つていないから、貸机は賃貸借における信頼関係を破壊するものでない旨主張する。いうまでもなく、賃貸借関係は賃貸人と賃借人間の信頼関係を基調とするものであり、賃貸人の全くあずかり知らない者が賃借権を譲受け又は賃借物の転借により賃借物を占有するに至れば、賃借人としてその占有者が賃借物を善良な管理者の注意をもつて賃貸期間中保管するかどうか、また、賃貸借終了の場合円満にこれを原状に復して返還するかどうかにつき不安を抱くことが当然予想される。賃借権の譲渡又は賃借物の転貸につき賃貸人の承諾を要するとした趣旨のひとつはこの点にあると解せられる。

本件のように貸机という形で賃借建物を利用するとなれば、相互に全く無関係の数多く者にその使用を委ねることになる。そうなれば、賃貸人として前記のような不安を持つに至つても不思議ではない(もつとも、規模の大きい企業に利用を認めれば数多くの従業員が出入することにはなるが、この場合は貸机と異なり、従業員は順次上下の系列を通じて企業の指揮命令に服する関係にあり、秩序ある行動が期待されるのである。)ことに、貸机業のような貸借人の変動の激しい業態では賃貸人としてその把握が必ずしも容易でなく、今後いかなる賃借人があらわれるとも知れず、また、賃貸借契約終了の際にその返還が円滑に行なわれるという保証もない。従つて、単に現在賃貸人たる原告に損害を与えていないというだけでは信頼関係が破壊されていないとはいえない。むしろ、賃借人、転借人が賃貸人に対し損害を加えてならないのは当然であり(そうなれば、貸借物の保管義務違反の問題も生ずる)、そのような損害の発生のない場合であつても、貸机という形で賃借建物を賃貸人に無断で利用することが賃貸借契約上許されるか否かというのが問題なのである。

しかも、本件において重要なことは被告近代広告及び杉山は貸机をする予定で本件建物の三階部分を賃借したのであり、賃借物を現実にだれが使用するかは賃貸人にとつて重大な関心事であることは何人にとつても明らかなところであるから、契約にあたり当然原告にその旨を告げて承諾を求めるべきであつたのである。この点からも貸机に背信性がないという右被告らの主張は理由がない。

五以上述べたところによれば、原告と被告近代広告及び杉山との間の本件建物の三階部分の賃貸借契約は昭和四七年八月一六日の経過により解除されたものということができるから、右両被告に対し、右三階部分を明渡して返還し、かつ解除後である昭和四七年八月一七日から完済に至るまで一ケ月金二二万円の割合による賃料相当の損害金を支払うを求める原告の請求は正当として認容すべきである。またその余の被告らに対する所有権に基づく請求のうち本件建物の三階部分(社長室を除く)の明渡しを求める部分は正当として認容すべきであるが、社長室についてまで明渡しを求める部分は失当であるから棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、九三条、担保を条件とする仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (松野嘉貞)

物件目録

(一) 東京都中央区京橋二丁目四番地四

家屋番号 四番四ノ一

鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建事務所

居宅倉庫

一、二、三階とも各136.92平方メートル

四階 120.21平方メートル

五階 9.99平方メートル

地下一階134.95平方メートル

(二) 右建物のうち三階136.92平方メートル

(三) (一)の建物のうち別紙図面の社長室を除く部分

当事者目録

原告 三星護謨株式会社

右代表者 藤間孝純

右訴訟代理人 中村文也

同 大原修二

被告 株式会社近代広告通信社

右代表者 杉山豊

被告 近代商事株式会社こと

杉山豊

被告 株式会社米沢新聞社

右代表者 清野幸男

以上三名訴訟代理人 河崎光成

同 富山政義

被告 小原康男

他二一名

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